市長対談

市長対談の様子をご紹介します

対談:西宮市長 石井 登志郎 氏 × 西宮商工会議所 青年部 平山 昭吾

平山本日はよろしくお願い致します。まずは、西宮市の成り立ちと石井市長の自己紹介を頂きたいと思います。

石井西宮市は、ちょうど3年後に市制100周年になります。市制が施行して100周年ですけども、その前は、宮水の酒造りで栄えておりました。
それより前は、農村だったのでしょうが、一方で、平清盛が京都から神戸を目指した時の西国街道があります。
広田神社が、京からみて『西にある宮』ですから、それが西宮の大きな成り立ちですね。
西宮の成り立ちの中で、一番胸に残っているのは、五百旗頭眞(いおきべまこと)先生という防衛大学の校長も歴任された西宮市内在住の先生がいらっしゃるのですけども、「なぜ西宮には、加賀100万石みたいな大きな大名がいないのですか?」と尋ねたことがあります。
先生が言うには、「西宮は、神戸と大阪の間にあり、ここがあまりにも肥沃で豊かで良い場所だったから、ここを誰か大名に治めさせると、その大名が力をつけすぎてしまうので、豊臣秀吉の時も、江戸幕府の時も直轄領であった。地域が良すぎて、まさに時の政府を下支えする上での重要な位置づけの場所だったのです。」ということでした。一方で生瀬も宿場町ですし、名塩も福知山に抜けていくための要所です。
尼崎藩の貨幣は、名塩の和紙で作られていました。加賀100万石の金沢市ではありませんが、歴史の中において、実は、豊かさの象徴であるお酒を作るとか、紙幣や貨幣を作るという意味で、西宮は、今も歴史が作られているということですね。

平山ありがとうございました。石井市長のプロフィールについても教えてください。

石井私は、昭和46年生まれの51歳です。妻と子供一人です。私は、西宮生まれでも、西宮育ちでもありません。
西宮に来たのが18年ぐらい前ですが、そのような私が市長をさせて頂けるというのは、今の西宮らしいなと思っています。
もちろん、私も宮っ子に負けないぐらい西宮に愛情があると思っています。
西宮は、他のまちから移り住んでいる人が多く、また転勤で3、4年だけ過ごしたら、帰っていく人も多いまちです。
私も、西宮生まれではありませんが、歓迎して頂き、今日、子育てもして、子供と平穏に暮らさせて頂いております。

平山まちが市長を迎え入れただけでなく、市長自らもまちをずっと歩き続け、地道な努力が実ったからではないでしょうか。18年とお聞きしましたが、もっと長い期間まわっていらっしゃったように感じます。

平山続いては、青年部という若手ならではの団体に求められることがあれば教えてください。

石井一つは、やっぱり、フットワークの軽さですね。今後のお願いを含めた期待は、企業市民という言葉があるのですけど、企業は事業だけするのでなくて、例えば、お祭りにしてみても、(平山会長は、山口町の方でよくやって頂いて、PTA会長もされておりましたけども、)個人として保護者としてだけでなく、企業市民としてコミットして頂ける、支えてもらえるということがあればいいなぁと思います。と言いますのは、やはり、個人だとその個人に対するお願いになるのですが、例えば、青年部となると、今は平山さんが会長ですが、平山さん個人にお願いしているのではなく、青年部という組織にお祭りのマネージをお願いしていることになりますので、来年はこの人達がする、再来年は次の人達がすると受け継いでくれる、組織が回っていくじゃないですか。そういう意味で、企業市民として、地域の活動なり、市民のサポートの一翼をさらに担って頂けたらハッピーかなと思います。

平山市民祭りなり、地域の祭りなり、何か我々が関われることがあれば関わっていけるようにしたいと思います。これからの青年部にこうあって欲しいという、未来像、提案などあればご助言をお願いします。

石井さっきの話とつながりますが、行政の我々には事業者としての経験が少ないのですが、皆様方は、それぞれ事業の経験を日々されていますので、市内のどこかで、何か自分でやってみたいと思う人達に対して、きっかけになるメッセージの発信がほしいですね。
代々受け継いでいることを続けるのも尊いですが、半分ぐらいの人は、20代30代の何もない時に、わけわからないまま始めて、最初は何もわからない状態で始まったけど、今は立派に独り立ちできているってことあるじゃないですか。そういうストーリーを聞けば、私もやってみようかとなりますよね。将来の青年部のメンバーになる人を卵の前の段階から、発掘するきっかけを作ってもらったら良いかもしれません。
今回、私が二期目に入るにあたり、次の4年間で、大きな節目が2つあります。1つ目は、来年が、文教住宅都市宣言をしてから60年、それから平和非核都市は40年、環境学習都市は20年になります。2つ目は、2025年4月に、市制100周年を迎えます。ちなみに2024年は甲子園の100周年です。まぁ、そういう文脈でいうと、環境学習都市、文教住宅都市という工業化ではなく人間の住みやすさを追求してきたこのまちですが、それにむけてのかじ取りとして意識しているのは、住む快適さだけでなく、仕事もある仕事もできる、21世紀的な自宅で起業するようなことを応援したい、機会を作りたい、ということを今、言っております。そういうことでいうと、今日お話ししてきたことと、青年部と協力してやっていくことは、重なり合うことがあると思います。『西宮バージョンアップ』に、市内経済界で働く皆さんも力を貸してください。

平山また、具体的な提案ですとか、我々にこういうことやってくれないか?というメッセージがございましたら、我々もご助力できるよう、努力したいと思います。貴重なご意見を頂きありがとうございました。