事業承継対策 – 遺産分割について

1.円満な遺産分割には、バランスが大切

株式が分散された際に発生する問題

オーナー経営者の場合、遺産相続における相続財産は、かなりの部分が自社株ということになります。

仮に、子息が事業後継者の長男と、他の兄弟姉妹3名(次男、長女、次女)の合計4名という仮定で考えてみましょう。
オーナー経営者(父)の財産は次の構成となっているものとします。

自社株 10億円
退職金 3億円
自宅 1億円
金銭等 6億円
合計 20億円

この場合、将来発生する相続税の総額は8億円とします。

民法上の法定相続分に従えば、4名の相続人は均等に5億円づつ権利を有していることなります。
勿論5億円づつ4名に均等に財産分与しなければならない訳ではなく、相続人全員の合意により法定相続分と異なる遺産分割も可能です。
問題は円満な遺産分割ができるかどうかです

基本的に、将来の会社経営における株式の安定を考慮しますと、自社株は全て長男が相続取得することになります。
また、自宅には仏壇があり、現在同居している長男に自宅を受け継いで欲しいと考えています。
以上の財産(自社株、自宅)以外は、その他の兄弟姉妹に均等に分割しようと考えています。

以上の前提に従えば、将来の遺産分割は次のようになります。

単位:百万円
  長男 次男 長女 次女
自社株 1,000       1,000
退職金   150 150 150 450
自宅 100       100
金銭等   150 150 150 450
1,100 300 300 300 2,000
相続税 -440 -120 -120 -120 -800
資金余剰   180 180 180 540
資金不足 -440       -440

この結果は、長男からみれば事業の引継ぎはできるものの多額の相続税納税資金負担を負うことになり、一人だけ金銭面の苦労を背負うというマイナスのイメージになる可能性があります。また、他の相続人からみれば長男に財産が偏っているので損をしたという印象を与えるかもしれません。

長男の相続税負担を無くそうとして、長男に納税資金も遺産分割で与えようとしますと、次のようになります。

単位:百万円
  長男 次男 長女 次女
自社株 1,000       1,000
退職金 450       450
自宅 100       100
金銭等 285 55 55 55 450
1,835 55 55 55 2,000
相続税 -734 -22 -22 -22 -800
資金余剰 1 33 33 33 100
資金不足         0

この結果は、他の相続人からみれば更に財産の偏りが大きいものとして不満が増すものと考えられます。
このように、このままでは円満な遺産分割が期待できない主たる原因は、オーナー経営者の財産が自己株に集中し過ぎているところにあります。

この問題を解決するには、オーナー経営者が自社株を持株会社等に譲渡する案が考えられます。
仮に、自社株10億円のうち6億円部分を持株会社に譲渡すれば、自社株が6億円減少する代わりに、所得税・住民税約1億円を納税後約5億円の金銭が増加することになります。

単位:百万円
  現状 株式譲渡 変更後

自社株

1,000

-600

400
退職金 450   450

自宅

100   100
金銭等 450 500 950
2,000 -100 1,900

この時、株式譲渡で納税した所得税・住民税分相続財産が1億円減少していますので、相続税の総額も約4千万減少することになります。

この場合には、次のような遺産分割が可能となります。

単位:百万円
  長男 次男 長女 次女
自社株 400       400
退職金   150 150 150 450
自宅 100       100
金銭等 320 210 210 210 950
820 360 360 360 1900
相続税 -328 -144 -144 -144 -760
資金余剰   216 216 216 648
資金不足 -8       -8

本案では、長男の相続税納税資金の問題はほぼ解消され、他の相続人の手取り額も増えるので、当初に比べ遺産分割に全員の納得を得やすい状況となっています。

このように、事業承継対策においては、財産バランスを事前に調整する等により円満な遺産分割が合意できる環境を整備し、相続人間の人間関係を損なわない配慮が望まれます。

2.円満な遺産分割のための遺言(親の遺言には文句を言いにくい)

円満な遺産分割のために、事前に財産構成を調整しておくことは有効な考え方ですが、それでもいざ遺産分割の局面を迎える際には、互いに一寸した感情の行き違いにより遺産分割が揉めることが想定されます。

できれば、遺言書を作成し、予め遺産分割における紛争の芽を摘んでおきたいものです。
 兄弟同士同じ立場で協議してもまとまり難い話でも、親の立場から指定された内容については素直に従いやすいものです。

なお、遺言書においても、相続人の遺留分(法定相続分の半分)の権利を奪うことはできないので、最低でも各人に法定相続分の半分以上の財産価値が分与されるようにしておくことが無難です。

実務的に使用される遺言書には自筆証書遺言と公正証書遺言があります。

自筆証書遺言は費用がかからず手続きが簡易ですが、紛失、変造、隠匿(隠すこと)等の可能性があります。
また、遺言の法定要件を満たしていなかった場合は、遺言が無効となるおそれがあります。費用を掛けてでも、公正証書遺言としておくことをお勧めします。

遺言書を極力公平に作成しても、必ずしも全員が納得するとは限りません。特に、相続内容にバラツキがあれば不満に思う相続人が出てくるのは当然のことです。そこで、おすすめしたいのが『付言(ふげん)』の活用です。付言事項とは、残された家族などに遺言書を書くに至った経緯などの心情を、遺言事項とは別に遺言書末尾に記載するものです。 なお、付言事項に法的効力はありません。

「長男には会社の発展のため、株式を全て受取った上、厳しい世相の中、全力で励んで欲しい」「次男はよく私の面倒をみてくれたので増額する」といったような内容を追加することで、相続人が心情的に受け入れやすくなるものと思います。また、遺族への感謝を書き添えると、理解が更に深まるものと思われます。

3.円満な遺産分割のための代償分割(遺産分割時の財産バランスの修正)

遺産分割を行おうとする場合、財産が特定の財産に集中しすぎ、うまく現物財産をもって分割しにくい場合には、代償分割を検討することが現実的です。

現物分割

相続財産を、その形態を変えず現物のままにて各相続人に分配する一般的な方法。

代償分割

共同相続人の一人又は数人に他の共同相続人に対し債務を負担させて、現物をもってする分割に代える方法
代償分割における相続税の相続財産の評価方法は次のとおりです。

  1. 代償財産の交付を受けた者
    相続等により取得した現物の価額と、交付を受けた代償財産の価額の合計額
  2. 代償財産の交付をした者
    相続等により取得した現物の価額から、交付した代償財産の価額を控除した価額

代償分割の計算例

<前提条件> 
1.被相続人 太郎
2.相続人 長男(一郎)
次男(次郎)
3.相続財産 太郎所有不動産のみ
4.遺産分割 不動産を太郎が取得する代わりに代償金2億円を次郎へ支払い
<相続人毎の相続取得財産評価額>
1.一郎の相続財産評価額 6億円 – 4億円 = 2億円
2.次郎の相続財産評価額 4億円